端午の節句に最適な桂樹舎のコンパクト「鯉のぼり」


和紙の中でも特別な用途に使われた「八尾和紙」
日本各地で古来より作られていた和紙。その用途は産地によってさまざまでした。江戸時代から薬売りで知られる富山で発展したのが、薬の包装紙や袋紙、懸場帳(かけばちょう。顧客名や家族構成、売れた薬の数などを記載した、いわばデータベースのはしりといえる存在)と呼ばれた帳簿に用いられた「八尾(やつお)和紙」です。

産地である富山県南部の八尾町は、富山から飛騨に抜ける街道沿いの寺院門前町です。かつては蚕種と紙の生産で栄え、町には問屋が立ち並び、井田川沿いに開けた地域の下流には桑畑が、上流には楮(こうぞ。和紙の原料の一つ)畑が広がっていました。石垣で囲まれた、小高い丘の石畳の細い路地に提灯を灯して行われる「おわら風の盆」という祭りをご存知の方も多いと思います。高橋治の小説『風の盆恋歌』をきっかけにブームに火がつき、テレビドラマや舞台化されたこともあり、いまや日本を代表する祭りの一つとなっています。


桂樹舎は八尾和紙の歴史と伝統を引き継ぐただ一軒
明治時代以降の工業化で、機械による紙漉きが始まると、八尾の和紙産業は衰退します。現在その伝統を守るのは、「桂樹舎(けいじゅしゃ)」1軒のみとなりました。創業者の吉田桂介さんは、富山県製紙指導所に入所し、そこで和紙の美しさに出会い、和紙産業の復興に力を注ぎました。

その後、ある人物と出会い、新しい「和紙の型染め」が開発されます。その人こそ人間国宝の染色工芸家・芹沢銈介(けいすけ)さん。「民藝」運動を主宰した柳宗悦(やなぎむねよし)に見出され、彼のイメージを作品として具現化したのが芹沢氏。民藝好きな吉田さんと意気投合し、太平洋戦争後には、手に入りにくかった布の替わりに試行錯誤の末に生まれたのが型染め和紙です。

型染め和紙は、色をつけない部分に糊を置き染色後、水をつけて糊を落とすという作業をします。そのため、水に溶けない丈夫な和紙が必要でした。加工品は使い込んでいくうちに柔らかく艶が増していくのが特徴です。


端午の節句に鯉のぼりを立てる意味は
WA+YOで紹介しているのは、鮮やかな色使いで染められた和紙の「鯉のぼりセット」と卓上型鯉のぼり「悠々」です。どちらも、3匹の鯉と吹き流しで構成されています。

鯉のぼりはもともと、男の子の「端午の節句」(旧暦の5月5日ですが、現代ではこどもの日までに飾るのが一般的です)を祝うためのもの。男の子の出世と健康を願って商家や農家の庭先に飾られました。現代の住宅事情では、都市部で大きな鯉のぼりを掲げることは難しくなりましたが、この「鯉のぼり」ならば、玄関やリビングなど、置く場所を選びません。また、独自の防水・防汚加工を施しているので、耐久性にも優れています。

お子様の誕生されたファミリーがご自宅で飾るのはもちろん、男の子を授かったご家庭への贈り物にもふさわしいものです。そして、こどもの日を祝う「季節のインテリア」としてもおすすめしたいのが桂樹舎の「鯉のぼり」セットです。




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