WA+YO × pihana presents
伝統・ものづくり体験の旅へとは

日本各地に点在している工芸技術の伝統と、職人の想いや歴史を少しでも多くの人に体験してもらうためのコンテンツです。
SNSやインターネットでさまざまな情報をインプットできる現代で、直接聞いて見て触れる「体験」というインプットを通じて
工芸技術の素晴らしさを知っていただけることを願っています。

沖縄伝統“紅型”の最高峰を探求し続ける若き職
人と、新しい形を模索し続ける女性職人。両者が受け継ぎ育む “伝統” と “挑戦”




前略、伝統を尊重しながらも新たな挑戦をし続ける職人に出会いたいアナタヘ

沖縄、かつて「琉球王国」と呼ばれ、15世紀はじめから450年続いたとされる。
ここには琉球王国時代、交易文化の繁栄とともに発展し、王制の解体・第二次世界大戦の影響から消滅の危機に扮しながらも、復興を遂げた伝統的工芸品がある。
琉球文化の象徴、国指定伝統的工芸品“琉球紅型(りゅうきゅうびんがた)”だ。


“琉球紅型”。“紅型”とは

琉球独自の染技で生まれた沖縄の染物の総称のこと。南国の太陽に負けない鮮やかな色彩が特徴で、紅型の“紅”は、琉球の言葉で“多彩な色”を意味し、“型”は“模様”のことを指す。
世界で最も美しい民族衣装と称されることもある“紅型”の起源は、15世紀前後。琉球が貿易を行っていた中国やアジア諸国の技法(インド更紗、ジャワ更紗、中国の型紙による花布など)を取り入れ、18世紀には王族の染色技法として確立。当時、“紅型”は王家やその一族しか身に纏うことを許されていなかったという。



第二次世界大戦直後から、“紅型”の復興を開始した先人たちから受け継ぐ「道具」

美しく、華やかな“紅型”だが、その裏には知られざる復興のドラマが存在する。

1945年太平洋戦争末期に起こった「沖縄戦」。沖縄は住民を巻き込んだ激しい地上戦の舞台となった。おびただしい数の爆撃は、その姿から「鉄の暴風」と例えられるほど。死者はおよそ20万人。沖縄県民の4人に1人が犠牲となった。

まちは焦土と化し、“紅型”を作る工房も、道具も、“紅型”の着物も、その全てが無くなり、“紅型”が滅びるのは、時間の問題。それでも“紅型”を復興させようと、紅型職人は奮闘を続けたというから驚く。

物資もままならない中で、いたるところに落ちていた薬莢や、米軍の廃品、自らの髪の毛からも“紅型”を生み出すための道具を作り出し、作品づくりを行った。

軍事地図が型紙に。拾ったレコード盤は、糊を伸ばすための糊べらに。そして、メリケン(小麦)粉の袋を解いて生地にし、髪で作った筆で色をあてていく。

戦後から復興を遂げ、ものが溢れかえっている現代でも、“紅型”で使用される道具は「職人の身の回りにあるものを使って自分でつくる」という文化は、どこの工房でも当たり前のように残っており、ものづくりの要となる道具そのものも沖縄に密接に関係している。
型彫りをする際に、下敷きとして使用される“ルクジュウ”。沖縄県民が昔から食べている“島豆腐”を2~3ヶ月乾燥させて作られる適度な弾力が、型紙を彫るために指した刃先を守り、彫り続けることができる。乾燥で硬くなるたびに表面を削り、最適な状態に整えて使っているという。

生地に色を入れる際に使用される筆。以前までは女の人の髪の毛でつくられたが、現在は人口物を使うことも。大きさや硬さによって使用用途を変えている。


「道具が限られていると、何かしらアイディアが生まれてくるんだと思います。僕たちも、工房で足りないものがあれば、代用方法を考えることもありますし、他の方法を模索する動きにも繋がります。とはいえ、今以上に物資が限られた中でも、当時の職人の作品は、かなりチャレンジしているものがとても多いんです。こんな技法どうやって染めたんだろうと、研究してもし尽くせないほどの技術が詰め込まれているので、チャレンジ精神とそれに見合う技術を持ち合わせた職人しかいなかったんだろうなと思います」(知念氏)

道具も含めて“紅型”という歴史があり、紅型職人はモノが溢れている現代でも、しっかりと本質を大事に守りながら、丁寧に後世に“紅型”を伝え続けている。
知念家十代目・知念紅型研究所代表

知念 冬馬(Toma Chinen)氏
1988年 沖縄県生まれ。かつての琉球王国王家お抱えの紅型びんがた三宗家、知念家の流れをくむ家に生まれ17歳より“琉球びんがた”の知念紅型研究所にて祖父である知念貞男氏の下、“紅型”作りに従事する。 10代後半から京都や大阪、イタリア・ミラノでグラフィックデザインを学び、22歳で知念家十代目(びんがた七代目)として伝統的技術を継承し工房を引き継ぐ。 現在、工房の当主として、若手職人の育成をするとともに、国内のみならず海外などにも“琉球びんがた”の普及、発展に勤しむ。
やふそ紅型工房 代表・琉球びんがた事業協同組合理事長

屋冨祖 幸子(Sachiko Yahuso)氏
沖縄県生まれ。中学生の頃に紅型の魅力に目覚め、高校で紅型の基礎を学んだのち、東京でジュエリーや宝石のデザインを学んだのち、沖縄に戻り「やふそ紅型工房」を創設。 独学で紅型の技術を習得し、積極的に「紅型教室」を開く傍ら、「生活の中にある伝統工芸」をモットーに、日傘や琉球絣、漆器を染めるなど、“紅型”を生活の中に取り入れた、様々な新しい商品も開発している。


「知念紅型研究所」の工房。常に色付けをした布を乾かすために、工房のいたるところに作品が吊るされている。


朧型を取り入れた冬馬氏の作品。


一般的に染物の色付けには“染料”が使われる。染料は、主に植物から作られ、粒子が細かいため、生地に染み込みやすい。“紅型”で使われているのは、鉱物を砕いてつくられる“顔料”。顔料は粒子が粗いため、生地の奥まで浸透せず、表面にとどまりやすい。そのため紅型職人らは、2本の筆を使い、生地に色を乗せたあと、強く刷り込むことで、生地に色を定着させるという、手間をかけている。

工房紹介:やふそ紅型工房


やふそ紅型工房は、1975年に那覇市大道に設立されました。
経済産業大臣指定伝統工芸品、沖縄県無形文化材指定を受けている琉球びんがたを製作しています。(平成18年 地域団体商標登録認定)
主に、着物、帯などを中心に、二次加工製品なども製作しています。その他に、県内外に展示販売、直売ギャラリーも展開しています。

【工房体験募集中】
“琉球びんがた”の伝統的な技術を
直接体験してみませんか?

WA+YOでは、沖縄・“琉球びんがた”の産地にある工房で、
「知念紅型研究所」、
「やふそ紅型工房」の
職人さんに教えてもらいながら
染付けの体験をすることができます。

その考え方、技法に触れ、伝統工芸士との語らいながら
工房体験の旅にでてみませんか?

工房体験について

体験のスケジュール・詳細
工房視察10分
伝統工芸士による琉球びんがたの説明20分
染付け体験30分
伝統工芸士との語らい30分
※上記の流れは目安です。概ね1時間30分ほどの体験となります。
当日の状況によって流れが変更になる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
所要時間
約1時間30分〜
対象年齢
制限なし
予約人数
1人〜5人
工房見学可能な日程
◯◯◯◯
プラン料金
20,000円〜
料金に含まれるもの
体験料、消費税、施設利用料、ガイド料

アクセス

集合場所
〒902-0066
沖縄県那覇市大道105 GoogleMap
開始時間までにお越しください。
アクセス方法
お車でお越しの方
※予約確定後、推奨経路をご案内いたします。
交通機関をご利用の方
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
TEL
098-887-2065
駐車場
2台、無料 予約不要

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なお、変更のご要望は時期や予約状況によりご希望に添えない場合がございます。
あらかじめご了承ください。

体験チケットのご購入から工房体験までの流れ

  • 工房体験のチケットをご購入
    ※下記購入エリアからご希望の日付と人数を選択して、
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  • 担当者からご連絡をさせていただき、
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  • 訪問日に工房へお集まりいただき、
    工房体験を行っていただきます

屋冨祖びんがた工房 琉球びんがた体験

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